文化服装学院すみれ会


平成20年度 総会・パーティー

本年も文化祭中日となる11月3日に、すみれ会総会およびパーティーが文化学園学生食堂にて執り行われました。200名以上の出席者の中、飯岡智副会長からの開会あいさつにはじまり、大沼淳名誉会長から日本の持つ高いファッションセンスと「文化ファッション研究機構」について、またコシノヒロコ会長からも若い人が夢を持てるすみれ会の活動についてお話がありました。
続いて、芦川照和会長付特別幹事より500名以上のゴールド会員が増えた旨の事業報告、甲斐静代監査委員より平成19年度収支決算監査報告が行われました。

総会後のパーティーでは、大沼聡文化服装学院副学院長が音頭をとった乾杯があり、それぞれ歓談と食事を楽しみながら交流を深め、徳永郁代副会長による閉会あいさつをもって大盛況のうちに終了となりました。

写真:パーティーの様子

大沼淳 名誉会長

すみれ会の皆さま、こんばんは。
今年もまた、恒例の文化祭がやってまいりました。そしてこの中日に、すみれ会の総会を行いますことを大変に嬉しく思います。おいでいただいた方々に心から御礼申しあげます。

この文化服装学院は、今年で85周年になります。平成20年、西暦で言えば2008年ですので、いわゆる21世紀も本格的にはじまっているということではないかと思います。今はご承知のように、国際社会というのは大変に難しい環境になっており、経済も大混乱しておりますし、ファッションもこれからどうするかを問われる時代になるのではないでしょうか。

そのような中で確実に言えることは、ファッションというのは国際社会の中で大変に重要な地位を占めていくだろうということ。国家の中で科学技術などが重要であると同時に、ファッションが国際的でないと、先進国の仲間入りはできません。
そうした意味で、ここにいらっしゃる皆さま方が20世紀を担っていかなければいけないし、後輩をいかに育てていくかという時代です。育てるという意味では、現在は良い状態ではありません。国家としての教育への関心は低く、このままでは日本の素晴らしい文化が滅びてしまうのではないかと考えております。

今日2つお話したいことがあり、まず1つは日本のファッションが国際化しており、日本の伝統文化に対する評価も非常に高いということ。つまりセンスが非常に高いということになります。

日仏150周年となりますが、当時日本からの輸出品の68%が布はく類だったといいます。つまり、当時の日本の産業と言えばファッションだった。
ところが20世紀に入り急激に日本のファッションは衰え、現在ではなんと統計に表れず、つまり1%以下となってしまっています。

したがって「日本のファッションをどうするか」が、この文化服装学院の双肩にかかっているということであります。
日本のファッションというのが非常に高度であり、さまざまな影響を及ぼしてきました、例えばそれがアールヌーボーとなったり。

先日、150周年を記念しフランスのトリアノン宮殿の博物館で着物の展示をしたのですが、それが入場者の新しい記録を作ったそうです。
フランス人はそれだけファッションに関する関心が高いということ。それを知らないのが日本人。日本人が持ってるセンスを、これから国際社会の中でどう生かしていくかということが課題であると思います。

大沼淳 名誉会長

そしてもう1つが、ファッションの本格的な研究。
日本のファッション教育の中で、それを国立大学がどこもやっていませんでしたが、いよいよ国が振興することとなりました。

科学的な面でも歴史的な面でも、都内に研究機関を設けることとなり、人文科学系列では早稲田大学、社会学系列は慶應大学、文化芸術系列は文化学園が受け持つこととなり、遠藤記念館に「文化ファッション研究機構」を設け研究をはじめます。

ぜひ今後そこを利用していただきたいですし、どう発展させていくかも課題でありますので、ここにいらっしゃる卒業生のみなさまにも協力をお願いしたいです。
この研究所を、文化服装学院全体が永続性を保つための手段にもしたいと考えています。そして世界の中でも一番の学校を目指すにあたり、それを担うのが卒業生とこれから卒業する皆さまであります。コシノ会長もまたパリでコレクションをするそうで、その元気なところをぜひ見習っていただきたい。

最後にもう一度。今日おいでいただいたみなさまのご健勝を祈って、私のあいさつとさせていただきたく思います。今日は本当にありがとうございます。

コシノヒロコ 会長

ただいま名誉会長からお話がありましたように、いよいよファッションは国際化です。今日も中国・韓国のデザイナーの方などいらしていて、これだけ世界で活躍する卒業生が多いからこそ、横のつながりを作らなければとつくづく思います。

私事ですが、来年からパリコレに再デビューします。以前もやっておりましたが、私はこの挑戦を新人のつもりでやります。
私が今この年齢でパリコレに出ることについて、人は時々聞きます。「どうして今からパリコレなの?」と。でも今だからこそ、やらなければいけないと思っています。若いときにやったこととは全然次元が違うんですね。

名誉会長がおっしゃったように、日本には素晴らしい文化があります。
コレクションの打ち合わせのためにパリに何回か行っておりますが、ジャン・ジャック・ピカールさんからこんな言葉をいただきました。「ヒロコさんぐらいキャリアのある人が、改めてパリでやるのは珍しいね。でもやっぱりあなたはトレンドという問題ではなく、日本で育ちアートを根底に考えながらファッションをやってきた人間として、本当に自分のものを出しなさい。だからパリの人は受け入れるんですよ」

ほかの人にできないことを、どうのような形で提案していくかを考えています。私にしかできないことは、単に日本の文化に迎合するわけでなく、現在の日本の素晴らしい文化をファッションを通じてどのように表現するかということ。

やはりこれからの若い人たちに、世界で成功するという夢を持ってもらいたいですね。そのために私たちが証を立てていかなければいけないのです、すみれ会の横のつながりでしか実現できないことを。

今回もビッグニュースで、500名以上のゴールド会員が増えたと聞いております。すみれ会もどんどん新しく変わっていかなければいけないですね。そして先輩にあたる人たちが、今までの長い経験を生かして後輩にアドバイスができるという、良い関係のすみれ会を作っていきたいです。

コシノヒロコ 会長

ところで残念なことに、先日松田光弘さんがお亡くなりになりました。すみれ会でも特別協力会員として、大変にアドバイスをいただいていた方です。
私の2年下ですが、同じクラスのように学生の時から遊びながら、お互いにライバル意識を持っていました。「パリコレをした」「お店を持った」と、触発し合ったからこそがんばれました。もちろんジュンコも同じ気持ちです。

彼はとてもリーダーシップを発揮して、人を引っ張っていく独特な人でした。そういう人をファッション界から亡くしたことはとても悲しいことですが、残されたわれわれががんばらなければいけません。

松田君以上に生きて、もっともっと世界から注目される素晴らしい人材を発掘して、世界に紹介していきましょう。
すみれ会もがんばりますので今後ともよろしくお願いいたします。ありがとうございました。